大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13010号 判決

原告 茂木健一

右訴訟代理人弁護士 工藤勇治

同 佐伯仁

被告 石原宏

右訴訟代理人弁護士 福田拓

主文

被告は原告に対し金三三二万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年七月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一、申立

一、請求の趣旨(原告)

被告は原告に対して金五〇八万二、二五〇円及びこれに対する昭和四三年七月三一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

一、請求の原因(原告)

(一)  (当事者の地位)

原告は肩書地に於て建材業を営み、被告は昭和四三年七月三一日当時原告肩書地に於て原告宅に隣接してビニール人形成形加工業を営んでいたものである。

(二)  (本件火災の発生)

昭和四三年七月三一日午後三時二五分頃、東京都葛飾区水元小合町一七四二番地被告方作業場から出火し、同作業場及び被告方住宅を焼燬した上、これに隣接する原告所有の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一棟(一階面積四九・五八平方メートル、二階面積二三・九六平方メートル、以下本件建物という)に延焼し、本件建物の約三分の二を焼失した。

(三)  (本件出火原因)

本件火災は被告がビニール成形加工に用いる溶融パラフィンの発火あるいは引火によって生じたものである。

すなわちビニール人形は、人形の型に流しこんだビニールを、摂氏一九〇度から二〇〇度の温度のパラフィンの入った油槽に一秒ないし二〇秒間浸したうえ、水中で冷却して成形するのであるが、当日三時頃被告は右油槽(タテ一メートル、横〇・四メートル、深さ約〇・三メートル)に溶融パラフィンを満たし、ガスバーナー三基を燃焼させて油槽を暖め溶融パラフィンの温度を摂氏約一八〇度にしてそのまま約二〇分継続してガスバーナーを燃焼させ放置した為、①油槽内の温度が上昇し、溶融パラフィンが発火点に達して燃焼し、あるいは②保温の為に油槽の上にかぶせてあったトタン板の下よりパラフィンが洩れてガスバーナーの炎により引火して燃焼した、かのいずれかにより出火したものである。

(四)(イ)  被告の重大な過失

パラフィンは融点が摂氏四五度から六五度、引火点が摂氏一九八度で溶融状態にある時は極めて火気に危険である上、油槽の底部は常に発火点に達しているとみられるから、油槽、ガスバーナーの取扱い、管理には十分注意しなくてはならないところ、被告は先述の通り油槽を摂氏約一八〇度にしたままガスバーナーを約二〇分間燃焼放置した重大な過失によって本件火災を惹起したのである。

(ロ)  被告の無過失責任

仮りに被告の重過失が認められないとしても、被告が占有しかつその所有に属する本件油槽及びバーナーには出火の危険が存するにもかかわらず、防火の措置を講じないまま工場建物側板に極めて近接して設置していたものであり、そのため出火した油槽の炎が作業場に燃え移ったものであるから、被告はその占有及び所有に属する作業場の工作物の設置又は保存に瑕疵があったものとして、本件火災につき無過失責任を負うべきである。

(五)  原告のこうむった損害

本件火災によって原告のこうむった損害は次の通り合計金五〇八万二、二五〇円である。

(1) 建物の効用喪失による損害

本件建物は延面積約七三平方メートルのうち一階一九・八三平方メートル、二階七・四三平方メートルを除く部分の効用を失った。これは延面積の三分の二に当るところ、本件建物の建築費は一九一万六、二〇〇円であるからその三分の二に当る一二七万七、四〇〇円が本件建物の効用喪失による損害額である。

(2) 動産の効用喪失による損害

原告所有の家財道具は殆んど全部使用不能となった。

この為に生じた損害額合計は三五二万六、一五〇円である。

(3) 企業損害

原告は従業員二名を雇用し、六トン積トラック三台を使用して建材業を営んでいるが、本件火災の後片付け消防署、警察署の調査に応じたなどの為、業務に障害を来し、延べ一七日にわたりトラック三一台分の使用が不可能になった。

トラック一台使用による純利益は九、〇〇〇円であるから、トラック使用不能による損害額合計は二七万九、〇〇〇円である。

(六)  よって、原告は被告に対し損害賠償として金五〇八万二、二五〇円及びこれに対する右損害発生の日である昭和四三年七月三一日から支払いずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁(被告)

(一)  請求原因事実第(一)項は認める。

(二)  請求原因事実第(二)項中本件建物の損焼面積が延面積の三分の二であるとの事実を否認し、その余は認める。

本件建物の損焼面積は延面積七三平方メートルのうち三八平方メートルである。

(三)  請求原因事実第(三)項中ビニール人形成形に関する原告の説明は作業工程の一部としてこれを認めるが、その余はいずれも否認する。

当日三時から休憩時間に入りバーナーは一基分全開に相当する火力に縮少しており三時二〇分頃までには温度が低下の一途をたどっているので、原告主張のような発火または引火による出火は考えられない。

(四)(イ)  請求原因第事実四項(イ)は否認する。

被告は当業界における通常の注意義務に従って注意を払っており、本件火災の発生についても別段の不注意はなく、従って、重過失は存在しない。

まず、バーナー、LPガスボンベ、及びその配管の設置状況、消火器二個の備置状況につき欠陥はなかったし、ビニール原料も石油槽に密閉してあり危険はなく油槽の壁側部分はトタン板トタン壁によって飛火を防いでいる。不完全燃焼物や異物の附着を防止するためバーナーや油槽の掃除は年一回行いパラフィン中の異物は週二回すくいとっており、消火器の有効性の点検も怠らず、従業員に対しても、パラフィンの扱い方と危険性消火器の使い方を指導している。

本件当日三時の休憩時間にはバーナーの火を弱くし保温及び異物の混入防止炎上防止の為油槽にトタン板をかぶせ約八メートル離れたバーナーの位置が見える場所で従業員が休憩していたのであって、バーナーを放置していたことはない。

(ロ)  同項(ロ)中被告に無過失責任があるとの主張は争いその余は否認する。

(五)  請求原因第(五)項中火災と損害の範囲との因果関係は一部否認する。損害額の算定は争う。

本件建物の焼損の程度は消防車が放水に手間どった為拡大したもので原告の責に帰さないから、拡大した部分については火災との相当因果関係はないというべきである。

同項①中建物建築費用については不知、焼損面積、損害額は否認する。

建物は使用によって建築時より価値が減少しているから、損害額の算定に当ってはその分差し引かれるべきである。

同項②は否認する。

原告所有の家財道具中ピアノ、ベッド、マットレスなどかなりの部分は近隣の人々により搬出され焼損を免れているから、原告主張の損害額はあやまっている。

同項③は否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告及び被告が昭和四三年七月三一日当時原告肩書地に於て、隣接して、原告は建材業を、被告はビニール人形成形加工業を営んでいたこと、及び同日午後三時二五分頃被告方作業場より出火し、同作業場及び被告方住宅を焼燬し、これに隣接する原告所有の本件建物に延焼して、その一部を焼燬したことは当事者間に争いがない。

二、本件出火原因について、≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件出火場所が作業場内南側に位置した油槽(パラフィン槽)附近であることが認められ、かつ、放火、電気系統の不備もしくは煙草火の不始末等による可能性を認めることはできない。

(二)  被告の業務になる人形成形工程の一部である所謂仮焼工程では、型にいれた塩化ビニールを遠心分離により気泡を除去したあと熱した溶融パラフィンの入った油槽(以下パラフィン槽という)に浸す。パラフィン槽はタテ一メートル、ヨコ四〇センチメートル、深さ三三センチメートルで厚さ四・五ミリメートルの鉄板でできた直方体であり上部には幅一五センチメートルの鍔が四方外側に張りだしており、パラフィン槽下方にはガスバーナー四基を設置しパラフィン槽下部四隅を四本の足で支え足間三方はおおいがあり北側はガスの配管口になっており栓が突出している。

パラフィン槽には上部四、五センチメートル付近まで溶融パラフィン液が入れてあり、パラフィン槽の鍔部分には同部分の温度急上昇を防止する為、常にパラフィンをつけて湿った状態にしてある。

仮焼きの際のパラフィン液は成形にとって適温である摂氏一九〇ないし二〇〇度になるよう保つ為、作業時間中はパラフィン槽下方のガスバーナー四基のうち三基の大栓小栓を夫々全開して熱する。正午及び午後三時の休憩時間には右三基のうち一基は大栓、二基は小栓のみを細めにして開放し他は閉じる。その際パラフィン液の保温(休憩後の作業を直ちに開始できるようにするため)と異物の混入を防ぎ、かつ、出火を防止する目的で波型のトタン板を二枚パラフィン槽にのせる。

なお、パラフィンとは、高級炭化水素であり白色透明の蝋状固体、融点摂氏四五ないし六五度、沸点同三七〇・七度、引火点同一九八度、発火点同二四五度という性質および一グラム当り八キロカロリーという高い燃焼熱をもつものとされている。

(三)  ところで、当日も午后三時から休憩時間に入ったが、その休憩中にパラフィン槽附近から出火した。そして、当日右休憩に入る際のパラフィン槽内の温度が摂氏一九〇度以内にとどまっていたかどうか、は必ずしも明らかではない。従って、休憩に入るとき、ガスバーナーの栓を弱め、トタン板を覆せたとしても、既に槽内温度が発火点に達しており、トタン板を覆せたことが、却って、パラフィンの発火もしくはパラフィン蒸気への引火を早めたということも考えられる。

(四)  以上の事実からみて、他に出火原因を疑わせる事実が何ら認められない本件においては、出火原因は≪証拠省略≫に示されているパラフィンの蒸気がトタン板の間から流れ出てガスバーナーの炎にふれて着火したことによるか、もしくは内部温度が急速に上昇して発火点に達したとみるか、いずれかによるものと考えざるを得ない。

(五)  右のようにパラフィン槽内もしくは槽外で発火してからその槽が近接している木造トタン張りの作業場東側に燃え移ったものと認められる。

三、原告は請求原因(四)項イで被告の重過失を、同項ロで工作物の設置または保存の瑕疵に関する責任を主張するので、まず、ロについて判断する。

(1)  本件パラフィン槽及びバーナーは作業所内に設置した危険な施設として作業所建物と一体となって民法第七一七条にいう土地の工作物に該当するものと解することができる。すなわち、同条にいう工作物とは、必ずしも土地に接着している必要はなく、本件パラフィン槽バーナーのように定位置をもち、かつ、危険度が格段に高い施設は、それだけで本条の工作物とみることができるが、更に右施設は被告方作業所の中の重要な要素であって、作業所そのものが、内部から温められ、常に乾燥し、かつ、内部にはパラフィンが蝋の如く附着しており、燃え拡がり易い危険な物といえることから、作業所とパラフィン槽バーナー設備とは一体として本条の工作物と解すべきものである。

そしてパラフィン槽バーナーの設置の当初から、パラフィン槽自体の防火設備はもとより作業所そのものについて安全保持の構造をとっていなかったというべきであるから、作業場そのものの設置につき瑕疵があったというべきである。そして、作業所が燃焼すれば、隣家に燃えうつることは明らかであるというべきであるから、出火燃焼し易い工作場から出火したことによって、隣家に及ぼした損害については、失火の責任に関する法律の適用は排除されるものと解するのが相当である。

よって、被告は原告に対し、本件出火によって生じた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

四、そこで損害額について判断する。

まず被告は、本件火災と原告の受けた損害の範囲との因果関係について、消防作業の遅れが焼損の結果を拡大したことを主張するが、≪証拠省略≫によるも、消防作業が著しく遅滞したとはいえないことが認められるので、右主張は理由がないこと明らかである。

(一)  本件建物焼損による損害

本件建物の焼損面積は≪証拠省略≫によれば、延面積約七三平方メートル中約三八平方メートルであるが、≪証拠省略≫によれば、本件建物の改築すべき損壊部分は右焼損面積より広範囲であることが認められ、≪証拠省略≫によれば、本件の場合、焼損を免れた部分を残した上での改築より、寧ろ全部取毀しの上新築する方がより経済的であるというべきであるから、本件建物が既に建築後四年を経過していたことが認められるとしても、建築費総額の三分の二にあたる金額は、損害額として相当というべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件建物の建築費用として一、九一六、二〇〇円を要したことが認められるので、ほぼその三分の二に当る金一二七万七、四〇〇円について、被告は賠償義務がある。

(二)  家財道具の損害額

原告所有の家財が損害を受けたことは≪証拠省略≫により認められるが、原告の主張する金額は、≪証拠省略≫によれば、購買時の二割引として算出していることが認められる。しかし、家財等は一度使用すれば、その交換価値は著しく減少することは、公知の事実というべきであり、本件物件の購入時、使用の程度現況等については明らかとはいえないが、少なくとも原告の請求する金額の半額の損害があったものと認めることができる。よって、ほぼ半額に相当する金一七六万四、〇〇〇円の限度で被告に賠償義務があるというべきである。

(三)  企業損害

≪証拠省略≫によると、原告の建材業は個人営業であり、その企業損害は原告個人の損害に帰するというべきところ、原告所有のダンプカー三一台分の就業が火災のため妨げられたことが認められ、一台一日往復につき九〇〇〇円の利益の損失があったと認められるから、右三一台分二七九、〇〇〇円が損害額と認められる。

(四)  以上により、原告の本件火災による損害は、合計金三三二万四〇〇円と認める。

五、よって、原告の請求のうち、金三三二万四〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月三一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村宏一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例